「今動く」ということ

 2005年4月25日朝、JR福知山線の尼崎駅付近で脱線事故が起こりました。この大事故は、ゴールデンウィークが吹き飛ぶくらいの衝撃を日本全土に与えたと言っていいでしょう。JR西日本の対応のまずさが浮き彫りになり、職員2名が事故列車に乗っていて、無事でありながら救助活動に参加しなかったことや、当日事故直後に他の職員達がボウリングをしていたり、宴会を開いていたりしたことなども後からわかってきました。

 どうやら、運転士が「日勤教育」を恐れて猛スピードで遅れを取り戻そうとしたことが大事故の主因のようです。この日勤教育は、テレビなどのメディアで盛んに「自殺者も出したと噂されるほど前時代的であり、軍隊的な、精神をたたき直すための教育である」と言われました。報道にはいつでも誇張がつきものですが、このJR西日本の体質に関しては、あながち大げさ過ぎるとも言えないのではないかと私は考えています。

 血を流して苦しんでいる乗客が目の前に大勢いるというのに、「とりあえず出社するように」と電話で言われた職員2人が、その指示に逆らうことができないのです。宴会中の職員達の中にも「今こんなことをしていていいのだろうか」と思った人たちがいたでしょう。それでも(おそらくですが)上申することもできず、会を抜け出すこともできなかったのです。「上からの指示は絶対」「上が『隠せ』と言ったらなんとしても隠さなければならない」「上が悪人ならば社員全員が悪人にならなければならない」――極端に言えばそういうことになってしまいます。前身が国鉄(日本国有鉄道)であり、それが分割されただけの大企業であるとはいえ、未だにこのような形で古い体質が残っていたというのは本当に驚きでした。

 その点、事故現場の近くにいた一般の方々は全く違っていました。「10年前の阪神淡路大震災では皆さんに本当に世話になった。こんな時にはその恩を少しでも返したい」と思って、体が自然に動いたそうです。

 事故直後から救急車はひっきりなしにやってきたのですが、けが人が400人以上いるのですから、当然数が足りません。栄運輸という運送会社の社員の方々は、違法行為であることを知りながら、トラックの荷台にけが人を乗せて病院まで運ぶことを考えました。緊急時の措置として白バイに先導してもらい、病院へ向かったそうです。しかも、なるべく振動の少ないトラックを選んだとのこと…。さらには、テレビ映像にはけが人をベンチ椅子のような物に載せて運んでいるのが映っていましたが、何とそれは事故車両の座席を引きはがした物だったのだそうです。この見事な発想、配慮、行動力には驚嘆してしまいます。

 同じ番組で「業務を中断して社員150人を全員救助に向かわせた会社があった」とも聞きました。がんばったのは栄運輸だけではなかったのです。「日本スピンドル製造」という社名が挙がっていますが、この情報が正しいのなら、社長さんや社員の皆さんに心から拍手を送りたいと思います。

 また、これもうろ覚えなのですが、飲料水のペットボトルが段ボールでたくさん積まれている中央卸売市場の映像を見た記憶があります。市場の人たちはそれを利用して救助に当たり、けが人の口を水でしめらせ、傷口を洗ったのだそうです。その上、市場ですから氷も豊富にあります。それで患部を冷やすことができます。彼らは全くの素人ながら、事故現場ではあたかも看護師のような働きをしたのでした。

 その他、実際にレスキュー隊員のような活躍をした人もいます。バールで壊れた車両の壁をこじ開けて、中にいる人を救い出した方がいました。その方は、すぐには救出できない被害者に出会うと、手を握って、1時間もの間励まし続けたのだそうです。仮に命に別状が無くても、放っておかれるのと、ずっと「大丈夫ですよ。すぐに助けが来ますから」と励まされるのでは被害者の精神状態は全く違ってくるでしょう。その方の行為は、非常に意義のあるものでした。ただ、悲しいかな、救助隊が来たところで現場を離れたため、その励まし続けた被害者の生死はついにわからなかったのだそうです。
 
 若い女性が、まるで今生の別れを知っていたかのように、家族一人一人へのメッセージを書き残していたことがテレビで放送されていました。「電車は安全で確実だから…」と言って息子に車で送ってもらうことを断り、その結果事故にあって亡くなられた方もいます。このような被害者それぞれの人生、それぞれの悲劇を知らされるたび、本当に胸を突かれます。明らかに人災であったのですから、残された家族の方々だけでなく、我々も悔しさ、怒りを感じます。

 しかしながら、被害者や家族の皆さんに対する憐憫の涙はなんとか抑えることができたのですが、栄運輸の方々や市場の方々のお話を聞いたとき、私は感涙をこらえることができませんでした。「これこそが人間の本質なんだ。今目の前に苦しんでいる人がいたら、てらいも迷いもすべて振り捨てて、とにかく助けようとするのが本当の人間の姿なんだ」ということを痛切に感じたからです。そしてその行動の根本的な動機が「震災の時に世話になったから」という恩返しの精神であることが、より一層彼らの崇高さを際立たせ、私の感情を奔出させてしまったのです。

 いつになっても戦争は無くならず、平然と発展途上国に戦争を仕掛ける先進国もあります。「全世界を自分たちの国の色に染めてしまおう」と考えている政治家もいるようです。その国は、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を減らそうという京都議定書を、「経済に悪影響があるから」という理由で批准しませんでした。そんな国に逆らえず、人気だけでなんとか政治を行っている一国の総理大臣もいます。こう考えると、我々の世界の未来は、我々の地球の未来は、あまり明るいものではないような気もしてしまいます。

 でも、そんな今の世の中にも、今回の事故で被害者を懸命に救った人たちのような英雄がいるのです。人間の本質を忘れていない人たちがいるのです。今やるべき事を瞬時にできる人たちがいるのです。彼らのすばらしさを素直に受け取れない人の中には、「心の中にはヒロイズムがあったんじゃないか?」などと言う人もいるかもしれません。テレビの映像を見る限り私にはそうは思えませんでしたが、しかしながら、そんなことは元よりどうでもいいことなのです。本人たちにヒロイズムがあろうがなかろうが、彼らのとった行動は美しいのです。それは正義の具現化であり、人間の気高さの象徴なのです。人間が根本的に善の心を持っているということを見事に表現してくれた、輝かしい行動なのです。

 私がこのような状況に遭遇したら彼らと同じ行動がとれるかどうか自信がありませんが、少なくとも平素は「絶対にやらなければ」と思っていなければなりません。これを読んでいる方々の中に「やる気がないように見せるのがオシャレ」「正義に背くのがカッコイイ」「マジメ君はダサイ」などと思っている学生諸君がいたら、普段はそれで生きていけるとしても、いざというときには致命的な失敗をするということを肝に銘じておいてほしいです。もちろん、「いざとなったらちゃんとやるさ」と思う人が多いでしょうが、「いざ」は常日頃から頭に置いておいた方がいいのです。動くべき状況にあるとき、<今動く>ことができなければ、もはやその人は人間ではなくなってしまうのですから。

 我々一人一人が「いつでも本当の人間でありたい」と思うことによって、少しでも世界の未来が明るくなってくれること願います。



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