| 2002年度改訂版教科書の内容について |
当塾サイトの1ページ「塾の考え」を構成する中心の文章は、2000年5月に初掲載したものでした。その当時は「2002年度以降、教科書が3分の1の厚さになる」という抽象的な噂や、日本地理・世界地理の学習領域がそれぞれ3県・3国に絞られるという情報を耳にする程度で、改訂版教科書がどのような内容になるのか、推測するのは困難な状況でした。今、新版教科書を実際に1年間使用し、その内容を把握することができたので、現時点で感じるところを綴りたいと思います。 まずは以前から最も注目されていた算数・数学に関してですが、小学算数の場合、改訂前に5年生の学習内容であった「通分・約分」「速さ」が6年生に移行されるなど、全学年において上学年へ移行された学習分野が数多く存在し、かなりの工夫が見られたと言っていいでしょう。5年生にとって難度の高い「割合」の概念がそのまま残されたことなどは不満ですが、全体的に各領域の難度に応じた改訂が敢行された点については充分評価できると思います。 ただ、5・6年から中学校数学へ統合された分野も数多くあるので、3分の2の厚さになるはずだった中1数学の教科書はほとんど内容が減っていません。実際2001年度までは2月中に教科書を終え、3月には2年の教科書に入っていた当塾中1クラスが、2002年度は3月まで中1の教科書学習に携わっていました。それでも、中2数学では「不等式」「相似」などが、中3数学では「解の公式」「円」「確率」などが移行統合されたことにより、授業は楽に進み、以前よりも余裕を持って教科書を修了できるようになりました。おそらく学校の先生方も教科指導は楽になったことでしょう。 理科に関しても、「星の動き」が3年に移されたことなど、難度に応じた移行はやはり評価できます。しかしながら、「イオン」をそっくり削除して「酸とアルカリ」を残すのでは、各物質の性質を覚えるだけという小学理科と何ら変わらないものになってしまうような気がします。子どもたちにとって最も大切な、「なぜそうなるの?」という知識欲の芽をつみ取ることになりはしないでしょうか。 そして、社会の地理に関しては、もはや致命的と言える改悪であったと私は思っています。世界地理では3国のみ、日本地理では自分の県を含む3県のみの学習に留め、他の地域に関しては巻頭と巻末で大まかにまとめる――保護者の皆様はどうお感じになるでしょう。県内でも大幅に採択を減らし、我が芳賀群市のみでしか採用されていない日文出版の教科書は全国で最もマイナーなものです。その中の世界地理分野は、韓国・アメリカ・ケニアの3国です。ケニアのページが8ページ続いた後、EU(ヨーロッパ連合)などは、ケニアとのつながりで半ページ説明されているのみです。日本地理に関しては巻末近くでかなりのページを割いて全土に渡る説明がありますが、世界地理に関しては巻頭で地図や地球儀の用法程度の解説しかありません。 さらに細かく分析すると、A5版からB5版にサイズアップされた教科書で、日本全土に関する説明は「自然」「人口」「地域の結びつき」がそれぞれ8ページ、「資源・産業」「生活・文化」がそれぞれ12ページで、合計48ページあります。これだけのページを使うのならば、「関東」「東北」などと、地域を分割した従来通りの学習も可能なのではないでしょうか。いや、むしろ生徒もその方が学びやすいと私は考えます。なぜそれほどまでに地域別学習を嫌うのか、理由が分かりません。実際問題として、学校ごとに大きく学習内容が異なり、中には旧版教科書のコピーを用いて教えている先生もいるほどです。改革の際には混乱がつきものですが、今回の無用なカオスの責任は、明らかに文科省にあると言っていいでしょう。 以上、数学では学校教員や塾講師の教務が楽になり、地理では混乱を極めるという今回の改革でした。しかしながら、教える側が困惑するような改革は言うに及ばず、教科内容が削減されて楽になるような改革であっても、それは子どもたちの「考える力」の衰退に直結する改悪であると私は信じます。これは、ネット内を探索すればすぐに分かることですが、決して私だけの考えではなく、日本中の数多くの大学教授やジャーナリストが感じていることです。「NAEE2002」のように、実際に新指導要領実施の中止を求めて活動していた団体もあります。彼らの活動が功を奏したか、昨年のOECDの世界的な学力調査の結果を懸念した文科省は、「学習内容の削減による学力低下が著しい場合は、削除項目を部分的に元に戻す用意もある」旨のコメントを出しました。 ところが、最近詳細が新聞にも発表されましたが、昨年1〜2月の国立教育政策研究所の全国学力テスト結果が12月に公表された際、調査した小学5年〜中学3年の全23教科中、学力上昇が3教科、横ばいが10教科、低下が10教科であったのにもかかわらず、文科省は「おおむね良好」と評価し、周りから激しく批判を浴びました。「良好」の理由は「設定通過率(期待する正答率)」を超えた科目が半数以上あったからだそうですが、「明らかに学力が低下しているのに良い評価を与えるとはどういうことか」という批判を浴びるのは確かに当然のことでしょう。 また、読売新聞社は、その社説の中で「そもそも今回の調査は、学力低下に関する激しい論争を受けて実施された。『子供の体験や自発性を尊重することが自ら学ぶ力に結びつく』『系統的な学習を重視してこそ個々の子供に応じた学習も可能になる』との二つの見解が対立し、教育界を二分して展開された論争だった。」と言い、この本質的な問題に真正面から答えようとしないのでは、何のための学力調査だったのかと批判されても仕方がないと酷評しています。 対立する二つの意見の前者は、当然ながら「新学力観による指導法」であり、後者は「伝統的系統学習」です。「塾の考え」では触れませんでしたが、私は基本的に系統学習を重視しています。新学力観はあくまでも勉強に対するモチベーションのために存在するものであり、生徒のやる気は、あえて教科書の設問に新学力観的要素を採り入れなくても、あくまでも教師や講師の指導力によって生じさせるべきものであると考えるからです。生徒への動機付けができないような教師は教師とは呼べませんし、それだけの教務力がない人間は塾講師たる資格もありません。現実の学校教育に目を向けても、今話題になっている広島の陰山先生の指導法などは、教師の力による強引なモチベーションの最たるものです。新学力観とは対極にあるものと言っていいでしょう。 話がややそれましたが、新学力観重視の学習内容による調査では、どうやら子どもたちの学力低下は動かしがたい事実のようです。来年初めに予定されている新指導要領に基づく学力調査の結果も、推して知るべしというところでしょう。同じ調査内容で習熟度が上がれば、確かに学習内容の大幅削減が奏功したということになるのでしょうが、私はせいぜい横ばいであろうと推測します。そして、もしも本当に横ばいだったとすれば、教科内容大改訂は明らかに失敗であったことになります。それは、難度の高い部分を削ることによって、旧課程のほとんどの分野を理解できていた優秀な生徒の可能性をそいだことになるからです。確かに教科書のところどころに高難度の問題を配置し、優秀な生徒への心配りも見せてはいますが、それはやはり「お茶を濁す」措置でしかありません。 そして何より、「学習内容を減らしても習熟度が上がらない」ということが証明されてしまうと、今回の改革はただただ子どもたちを勉強に対して怠惰にさせるだけのものであり、逆に「塾の考え」で繰り返し強調した教育の真の目的、「学び、知る喜びと叡智の美しさの発見」から子どもたちを遠ざける最悪の改革であった、ということも同時に証明されてしまうことになります。もしもそれが現実のものになったら、日本の次代を担う若者を育てる最も重要な機関として、文科省はその責任をどうやって取るというのでしょうか。 新要領における調査結果を見る前に結論を出すのはいささか尚早の感がありますが、やはり学習内容の大幅削減は不要だったと私は考えます。今はただ、来年の調査による学力低下がなるべく小規模のものになること、いや、むしろ、若干なりとも学力向上の結果が見られることを祈るばかりです。 2003年5月 渡辺私塾荒町教室塾長 渡辺佳寛 |
学校週5日制について(こちらも長文) |
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